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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)1409号 判決 1950年12月21日

控訴人 被告人 植村昭博

弁護人 清水正雄

検察官 坂本杢次関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審の国選弁護人に支給した訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人清水正雄の控訴趣意は末尾添付の書面記載のとおりである。

控訴趣意の第一点について、

しかし刑法第二百十一条にいわゆる業務というのは、各人がその社会上の地位に基き継続的に従事する事務にして、人の生命身体に対する危険を伴うものを指すのであつて、反覆継続の目的乃至その事実のある限り、格別の経験或は法規上の免許等を必要とする場合においてもその業務たるためには、このような経験乃至免許の有無を問わないものと解すべきである。

本件についてこれをみると、被告人が医師の免許を有せず、医療の知識経験がないのに、福江保健所医師と詐称し昭和二十四年九月十五日頃より福江町上町特殊喫茶店常盤事田中喜久男方給仕婦山下みさを外十数名に対し、サルサバルサンその他の注射をなして、医療行為を反覆していたものであることは、原判決挙示の証拠によつてこれを認めるに充分であつて、被告人の右行為が同条にいわゆる業務に該当することは、前段説示するところにより明らかであるといふべく、このように事実上医療行為に従事するものが塩酸モルヒネのような薬剤を注射する場合においては、生命に危険を及ぼさないようその薬量に深甚の注意を払わなければならないことは勿論であるから、原判決において、被告人が右医療行為に従事中同月二十五日給仕婦永田春美の求めにより同人の子宮疾患による疼痛を鎭めるため、塩酸モルヒネを注射するに当り右注意業務を怠り、相当酒醉しながら、薬量を量らず、漫然二回に致死量を超える約〇・五瓦の塩酸モルヒネを右春美に注射し、よつて翌二十六日同人を死亡するに至らしめた事実を認定し、これに対し刑法第二百十一条を適用処断したことは洵に相当であり、原判決には、何等所論のような法令の適用を誤つた違法の点は存しない。

控訴趣意第二点について、

記録に現われた被告人の経歴、犯罪の動機、態様、その他諸般の事情を考え合せると、原判決の被告人に対する刑の量定は必ずしも不当とはいえないので、この点に関する論旨も亦採用することができない。

その他原判決を破毀すべき事由がないので、刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却し、当審の国選弁護人に支給した訴訟費用は同法第百八十一条により被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石橋鞆次郎 判事 柳原幸雄 判事 川井立夫)

弁護人清水正雄の控訴趣意

第一、原判決は審理不尽により法令の解釈を誤つた違法があるものと思料する。即ち

原判決は犯罪事実の第三に対し刑法第二一一条を適用し業務上過失致死罪を以て処断してゐるのであるが、被告人は医師ではない。又之に類する仕事をして居るものでないことは一件記録上明白である。

被告人は無職であつた関係から特殊料理屋に出入して居る内偶々従業婦である被害者永田春美が判示日時頃苦悶を始め非常に苦しみ七転八倒して居つたので、被告人は見るに見兼ね予て入手して居たモルヒネを注射し一時その苦しみを止めてやるへく注射をしてやつたのであるが医師でなく又其の経験の無い被告人はその量を誤り多量にした為死亡するに至つたもので之は全く偶然の出来事である。

尚又之に対する報酬は得て居らない、して見れば被告人の行為は本件記録上に顯出されて居る程度では業務としての行為でないことは明らかで原審に於ける御取調は此の点審理が不尽である。

即ち被告人の行為に対しては他の刑を以て処断すべきものであるに拘はらず、原審が刑法第二一一条を適用処断したことは明らかに法令の適用を誤つた違法があるものと信ずる。

第二、原判決は刑の量定が不当であると思料する。即ち

(一) 被告人の家庭は両親姉妹弟の外内線の妻と長男が居るのであつて、今被告人が長期の刑を科せられると一家は忽ち生活に困る状態にある。

(二) 被告人には刑執行猶予の前科があり本件に於てそれが取消され懲役一年の刑も併せて執行される。

(三) 被告人は犯罪事実一切を自白して居り前非を悔い改悛の情は誠に顯著なものがある。

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